【戦国武将/名言/意味】戦国時代の武将達!激選の名言・語録集、男の美学「戦国時代!有名武将達の名言・語録・言葉」を意味付きで解説

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戦国時代の武将達の熱き名言集・語録・言葉の意味を解説。織田信長、徳川家康、豊臣秀吉の天下人以外の有名武将達の名言を激選して紹介!仕事(ビジネス)や人間関係、恋愛、学業など様々な人生のステージで役に立つ人生の名言集!天下統一をした武将、夢の途中で散ってしまった武将など、戦国時代の武将達が語った名言を意味付きで分かりやすく解説しています

戦国時代の武将!有名武将達の名言集・語録・言葉」を意味付きで解説!!

戦国時代の武将達の名言・語録集

  • 歴史上の武将達の熱き名言・語録

  • 戦国時代を生き抜いた武将達が抱く男の美学とは?

戦国時代、武力がモノを言う混乱した時代を生き抜いた戦国武将達の名言・語録は、今の時代にも通じるモノがある。それぞれの地域を治める武将達の政治、武力がぶつかり合い競争が激化。生きる、死ぬ・・・戦いの中でしか生きられない時代で夢をみて、生き抜いてきた武将達が語る言葉や名言の意味を解説しています。日本の歴史上の人物で、異彩を放つ鬼才・異才達の言葉や名言は「歴史の偉人、伝説的な異才・偉才達の名言・辞世の句」で紹介をしています

⇒ 参考:歴史の偉人、伝説的な異才・偉才達の名言・辞世の句

甲斐の虎、武田信玄-下剋上の世の中を生き抜いた武将の名言-

  • 武将、武田信玄の名言①「自分のしたいことより、嫌なことを先にせよ。この心構えさえあれば、道の途中で挫折したり、身を滅ぼしたりするようなことは無いはずだ」 

甲斐の虎、武田信玄-下剋上の世の中を生き抜いた武将の名言-

嫌な事を後回しにするから、失敗は起きる。仕事やビジネスで良い上司とは、悪い報告を部下からちゃんと報告される仕組みをもっている人のことである。報告、連絡、相談と言うが、この一連の流れは、よいニュースは早く報告があるが、悪いニュースほど報告されない。理由は単純、悪いニュースは怒られたり、卑下されたりする原因だからである。悪いニュースを受け入れる組織構造がない企業ほど、爆弾を抱えている。悪いニュースを早く処理するのが上司の役割、部下を叱って騒ぎ立てる人はマネジメント能力がない無能な上司です

越後の竜、上杉謙信-生涯一度も戦で負けなかった武将の名言-

  • 武将、上杉謙信の名言①「信玄の兵法に、のちの勝ちを大切にするのは、国を多くとりたいという気持ちからである。自分は国を取る考えはなく、のちの勝ちも考えない。さしあたっての一戦に勝つことを心掛けている」 

越後の竜、上杉謙信-生涯一度も戦で負けなかった武将の名言-

生涯一度も戦に負けなかったとされる上杉謙信。上杉謙信は、武田信玄のライバル、何度も命がけの戦いをした間柄である。お互い認める部分もあり、謙信が経済封鎖を受け、食料や生活に困った信玄に塩を送る(敵に塩を送る)など、強敵同士の関係から生まれた名言である

  • 武将、上杉謙信の名言②「上策は敵も察知す。われ下策をとり、死地に入って敵の後巻を断たん」 

武将、上杉謙信の名言②「上策は敵も察知す。われ下策をとり、死地に入って敵の後巻を断たん」 

賢い人が戦略を練る。確かにそれは有能で素晴らしい。しかし、賢い、有能であるからこそ、その戦略も同じように賢い人、強敵には読まれやすい。本当の生死を賭けた戦いで、戦略が先読みされてしまう事は、非常にリスクが高い。だから、上手い戦略は立てない。下手な戦略を取る。敵陣に突っ込んで、暴れる大馬鹿者の考えが読めると思うか?考えてる事が読めないから、敵は有効な戦略で対策をうつ事ができないのである

第六天魔王の織田信長-日本を統一した最初の天下人の名言-

  • 武将、織田信長の名言①「仕事は自分で探して、創り出すものだ。与えられた仕事だけをやるのは、雑兵だ」 

仕事は自分で探して、創り出すものだ。与えられた仕事だけをやるのは、雑兵だ

仕事とは、自ら創り出すモノであって、与えられたことだけすしているのは仕事ではない。現代で例えると、与えられた単純な仕事は、アルバイトがやるモノであって正社員がやるべき仕事ではない。正社員はクリエイティブな働き方をするもの、業務改善や新しい営業手法、業務のマニュアルを構築するなど、創造的な働き方をするのが本来の正社員の働き方、アルバイトとの違いはココにあるのです

  • 武将、織田信長の名言②「いつの時代も変わり者が世の中を変える。 異端者を受け入れる器量が武将には必要である」 

いつの時代も変わり者が世の中を変える。 異端者を受け入れる器量が武将には必要である

大うつけ者と呼ばれた織田信長。うつけ者とは、愚か者、奇矯な振る舞いをする者のこと。だらしない歩き方で、栗や柿を歩きながら食いながら人の肩に寄りかかって歩いたと言われる大うつけ者の信長らしい名言である。変わり者には、変わり者にしか見えないモノがある。常識や一般論が正しいという理由は、その時代のルールや法律で正しいとされている、多くの人がその時に信じている事がらでしかない。時代や情勢が変われば、ルールも考え方も全て変わるもの、本質を見抜く力が必要なのです

三日天下の明智光秀-信長を討伐した本能寺の変、首謀者の名言-

明智光秀とは?織田信長を本能寺の変で討伐し、天下人となるが、10日程度で豊臣秀吉に討たれる。何故、秀吉が信長を裏切ったのか所説はあるが、短い期間、権力を握る事を三日天下と呼ぶのは明智光秀の本能寺の変が由来である

  • 武将、明智光秀の名言①「仏の嘘を方便と言い、武士の嘘を武略と言う、百姓は可愛きことなり」 

仏の嘘を方便と言い、武士の嘘を武略と言う、百姓は可愛きことなり

仏の嘘も武士の嘘も許されるのに、年貢をごまかした百姓だけを罰するのはおかしなこと。百姓の嘘など可愛いものという意味である。政治家が公約、マニフェストを破っても詐欺で逮捕された事があるだろうか?不良グループが1対1の決闘のルールを破って大勢で奇襲攻撃したとしても、それは戦略や作戦と呼ばれる。いつも嘘をついて、裁かれるのは弱い者だけ。最も弱い者が嘘をついたからといって、騒ぎ立てるのは筋の通っていない話、大人が嘘をついても裁かれないのに、子供が嘘をつくと親に怒られる。世の中、不思議なものである

大坂城の太閤、豊臣秀吉-明智を討った天下人の名言-

  • 武将、豊臣秀吉の名言①「信長公は勇将なり 良将にあらず」 

信長公は勇将なり 良将にあらず

織田信長のように人から恐れられるような人物は、優れた武将ではない。優れた武将とは、思いやりのある人から慕われる人物である。織田信長は、比叡山を焼き払い3000人を殺害、伊勢長島で2万人を虐殺、越前では3万人という大殺戮と戦や戦争においては、残虐性極まりない。人から恐れられて当然ですが、秀吉の考えは違う。武力で支配できるものは限られている、恐怖政治は長く続かないのです

  • 武将、豊臣秀吉の名言②「負けると思えば負ける、勝つと思えば勝つ。逆になろうと、人には勝つと言い聞かすべし」 

負けると思えば負ける、勝つと思えば勝つ。逆になろうと、人には勝つと言い聞かすべし

言葉には力があり、思いもみや自己暗示も大切。負けそうな戦いで諦めてしまう人は、リーダーに向いていない。どんな時でも前向きな自分物にしか人はついていきません。根性論のように思えるこの名言は、こう考えて欲しい。同じ実力をもったボクサーが、1人は負けると思って戦う、1人は絶対に勝つぞと思いながら戦った場合、100回中何回、後者が勝つでしょうか?その場合、同じ実力でも60回以上は、後者が勝ちます。負けてもいいと思いながら戦うと同じ実力の持ち主同士でも力を発揮できないのです

独眼竜の伊達政宗-幼少の頃に右目を失明した武将の名言-

  • 武将、伊達政宗の名言②「大事の儀は、人に談合せず、一心に究めたるがよし」  

大事の儀は、人に談合せず、一心に究めたるがよし

人生において本当に大切なことは、人に相談して、意見を求めることではない。最も大切な事は、自分の意思で決めること、それが一番、後悔しない方法である。また、人の意見や指示に従って物事を決め、失敗した時は、人の責にするものだ。自分が正しいと思う事をするのが、最も自分が納得する選択肢である

  • 武将、伊達政宗の名言①「仁に過ぎれば弱くなる。義に過ぎれば固くなる。礼に過ぎればへつらいとなる。知に過ぎれば嘘をつく。信に過ぎれば損をする」  

武将、伊達政宗の名言

愛(仁)に厚くなりすぎれば人を想うあまり強く出れない。正義に偏ると頭が固くなってしまう。礼儀を尽くしすぎるとへつらいになる。知識に偏りすぎると嘘をつくことになる。信義に厚くなりすぎると裏切られて損をする

天下無双の傾奇者、前田慶次-天下を取る実力を持ちながらも、大名になる事を拒んだ武将の名言-

前田慶次とは?戦国時代最強の傾奇者、関ヶ原の戦いを東軍から120万石での誘いを断り、友人の直江兼続からの嘆願で1000万石で西軍につくことを選ぶ。関ヶ原の戦いで、わずかな兵力で敵軍を倒し続けるなど、戦の伝説を作るも、天下には興味をもたず、何百年も注目されてなかった歴史上の人物です

  • 武将、前田慶次の名言①「たとえ万戸候たりとも、心にまかせぬ事あれば匹夫に同じ、出奔せん」  

武将、前田慶次

たとえ立派な地位にいたとしても、思い通りに生きられないとしたら、それは身分の卑しい者と少しも変わりがない。ごめんこうむる。これは前田慶次が家を飛び出して、立ち去った時に言ったとされる。戦国一の傾奇者(派手、奇抜なファッションや行動をする変わり者)と後に称される前田慶次らしい風流な名言である

日本一の兵、真田幸村-圧倒的な不利な大阪の陣から、徳川家康に最も近づいた武将の名言-

  • 武将、真田幸村の名言①「恩義を忘れ、私欲を貪り、人と呼べるか」 

武将、真田幸村の名言①「恩義を忘れ、私欲を貪り、人と呼べるか」 

受けた恩よりも、金、身分などの欲に溺れる者は果たして人と呼べるだろうか。関ヶ原の戦いで真田家は徳川側につくものの、幸村は豊臣側に参戦。幸村は、豊臣秀吉に可愛がられ、よく世話になっていたことから、徳川側の誘いを断る。大阪の陣でも超人的な強さを発揮し、最終的に徳川家康の首まで脅かすほどの脅威であった

300年続く幕府を作った徳川家康-3人目の天下人の名言-

  • 武将、徳川家康の名言①「勝つことばかり知りて、負ける事を知らざれば其の害身に至る。人は負けることを知りて、人より勝れり」  

勝つことばかり知りて、負ける事を知らざれば其の害身に至る。人は負けることを知りて、人より勝れり

人生勝ってばかりいてはダメだという意味ではありません。勝利よりも敗北、負けることを知らない人間は、その後の人生で負けた時に立ち直れない。負けることの意味を知っている人間は、次に同じような失敗を繰り返しにくいのである。徳川家康は、幼少の頃から幽閉され、初めは負け続けた人生だったからこその名言。日本のように負けたら敗者復活戦の無い社会では、負けることの重要さを誰も教えてくれない。勝った妬まれ、負けたら馬鹿にされる社会構造を、真っ向から否定する名言です

  • 武将、徳川家康の名言②「人生に大切なことは、五文字で言えば"上を見るな"、七文字で言えば"身のほどを知れ"」  

人生に大切なことは、五文字で言えば"上を見るな"、七文字で言えば"身のほどを知れ"

解釈は2通り。人はそれぞれ身の丈があるのだから、それ相応に生きなさいという教えが一つ目。二つ目は、天下の徳川家康が頂点に立つのだから、上を見ても無意味である。身の程を知って、下がれという意味である。300年続く幕府を作った日本の歴史上、最も長期間政権を握った一族を作り上げた武将の名言だけあって、後者の解釈が正しく思えるものである。日本の歴史上の人物で、異彩を放つ鬼才・異才達の言葉や名言は「歴史の偉人、伝説的な異才・偉才達の名言・辞世の句」で紹介をしています

⇒ 参考:歴史の偉人、伝説的な異才・偉才達の名言・辞世の句

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