【坊主頭/丸刈りとパワハラ】頭を丸める事は反省・謝罪になるの?意味あるの?~パワハラ上司と部活の体罰~

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坊主頭や丸刈り、頭を丸める事が反省・謝罪の意味があった理由・由来とは?違法の可能性もあり、パワハラ上司や学校の教員、部活の顧問が体罰で訴えられるケースも。丸坊主はパフォーマンスでしかなく、周りの社員やクラスメイトは「ドン引き」して雰囲気が悪くなります。体育会系気質の坊主頭と反省・謝罪の無意味さにつて解説しています

坊主頭(丸刈り)とパワハラ~頭を丸める事は反省・謝罪になるの?~

頭を丸める事は反省・謝罪になるの?意味あるの?

  • 「明日までに坊主にして来い」はパワハラ

パワハラという言葉は2000年ごろから聞くようになった新単語です。ずいぶんと時間が経ちますが、未だにブラック企業という言葉もあり、まだまだ撲滅まではいっていません。しかし、パワハラに対する世間の見方は、ずいぶんと変化してきたのも事実です

仕事で大きなミスをしたときに、上司から「明日までに坊主にして来い!」なんて自体は今では珍事件。今でもそんなブラック企業があるなら、よほど古い体質の会社で昭和生まれのパワハラおじさんがワンマン経営しているような会社しか事例を思いつきません。会社よりひどいのは学校の部活の方ではないでしょうか。野球部やサッカー部で試合に負けて、監督やコーチが「丸刈りにして反省しろ」っと教育的指導(指導?と呼んでいいのか?)したニュースは今でも毎年何件か見かけます

そんなパワハラ上司やパワハラ部活のコーチは何を根拠に「坊主頭が反省の意味がある」と思っているのでしょうか。ここでは、坊主頭や丸刈りの歴史的な経緯を考察しながら、本当に坊主頭に反省や謝罪としての効果があるのかを解説しています

  • 「結論からすると、頭を丸めても現在では無意味」

解説と経緯の前に、先に結論を。結論を述べますと、「頭を丸める事は、現代ではなんの意味もない」が答えです。理由は後に述べますが、「他人の嫌がる事を強制的にさせようとする行為は、傷害罪」になる場合がある。場合があると書きますが、そうでない場合もあるという意味ではありません。ケースにもよりますが、ちゃんとした証拠がある場合、傷害罪が成立すると考えて良いかと思います。そこまでパワハラを追求されなくても、事例として「会社の場合、労働基準監督署からの指導を受けたケース」や「学校の場合、生徒と保護者から教員の解雇要求があったケース」など、ある一定の制裁を受けることになった事は多いです。1つ1つの事例は、ニュースになったその後を調べてみると良いでしょう

なぜ?坊主頭や丸刈りは、反省している意味になるのか、その根拠は?

  • 仏教のまねごと「坊主頭=出家して修行する」

仏教の宗派にもよりますが、基本的に仏教では「死後、人は仏になる=生前の行いは、全て修行である」という考え方が多いです。出家して坊主になるとは、今までの人生を反省し、偉い仏様に近づくことでもある。そういった考え方をします。この話は侍で考えるとわかりやすいです

お侍さんが、武士の証である、チョンマゲを切り落として坊主にしたら、もはや、侍ではありません。侍が侍を辞めるとは、今まで生き方を否定し、全てを捨てること。昔は、世俗を捨て、仏門に入ること=仏に近づく為に修行することが「人生をやり直す」1つの生き方であった時代があるからです

  • 「明治時代以前では、坊主になる=反省の意味もあったが、現代ではパフォーマンスでしかない」

こういった事情から考えると、昔の人(明治時代以前)と違って、現代では「坊主頭にしても、その後」、仏になる修行はしていませんよね?

つまり、現代人が坊主頭にする事は、偉い仏様になる修行し、人生をやりなおす程の反省をするわけでもないので、ただの「坊主っぽく見た目がなったので、反省しました」というパフォーマンス(反省した気持をアピールしている)にしかならないのです。坊主頭にするぐらいなら、「お寺で2、3日修行する」方が、まだ反省の意味があるかもしれません

  • 反省して坊主にした人を見た感想「気持ち悪い」「かわいそう」

問題を起こして、坊主頭にした人を実際に見た方の声は「気持ち悪い(坊主を強制する人たちが)」、「かわいそう(無理やり坊主にさせられた人が)」という声が多数。今では、坊主を強要した人たちのことを「気持ち悪い」と思い、強要された人を「かわいそう」と、周りの人が思ってしまします

このような事態は、やはり普通のことではりませんよね。周りの大多数の人がおかしいと思うことは、やっぱり今の時代にあった方法ではないと結論付けて良いでしょう

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